124日目 忘れてはいけないもの


ボクは、ゆっくりと目を閉じます。
精神統一です。
ボクの心が、やわらかくなったのを全身に感じて、
静かに目を開けます。
ボクは、
「耐油ビニール手袋(L)ピンク 680円」
を両手に装着します。
そしてボクは、完全に無駄な力を抜いた両手を
顔の前に出します。
その勇姿は、世界最高レベルの外科医そのものです。
ボクは、左手を伸ばし、ちょっと大きめの砂時計を取ります。
なぜか中途半端な9分という砂時計です。
「9分・・・時間との勝負だな・・・」
ボクは、やわらかくなった心で、つぶやきます。
「さて・・・はじめるか」
・・・・。
・・・。
・・。
・。
GO!!!
ボクは砂時計を反転させ、自転車に飛びつきます。
9分です。
中途半端な9分で、この自転車を修理するのです。
絶対にムダはゆるされないのです。
今ここは、F-1のピットよりも壮絶な戦場。
わずかな気のゆるみが生死を分けるのです。
ボクは、
ダンボールとブロックで前輪を固定させた自転車のサドルに、
美しすぎるほどのボレーキックを放ちます。
ドカッ!
と爆音がとどろき、後輪が浮きます。
でもボクは、間髪入れずに、
正確かつ、俊敏なボレーキックをふたたびサドルに
お見舞いします。
ドカッ!
自転車のサドルは、
スペースシャトル発射!
という90度の垂直から、45度まで修正されました。
それを見るまでもなく、すでにボクの手には
ハンマーが握られています。
ドカッ!ドカッ!ドカッ!
サドルの先をハンマーで、
ドカッ!ドカッ!ドカッ!
「よし!ほぼ水平を確認!」
そう心で叫ぶと同時に、
闘牛の角のようになったハンドルが、衝撃のため大破。
闘牛ハンドルは、完全にふたつに分かれ、
ブレーキのワイヤーでぶら下がった状態をキープ。
ボクは、ケツのポケットにねじ込んでいた割りばし2本を
右手で手裏剣のごとく取り出します。
左手には、タコ糸を持っております。
ボクは、ふたつになったハンドルのパイプに、
割りばしを1本差し込みます。
外側に1本、そえます。
すかさず、タコ糸でグルグル巻きにし、
あらかじめフタを開けていた、木工用ボンドを
結び目に塗りたくります。
木工用ボンドが乾く間もなく、
自転車本体にハンドルをはめ込みます。
六角レンチでビスを止めます。
しかしハンドルは、二つに分離しているので、
ビスだけでは心配です。
タスキがけにします。
ガムテープで、ハンドルと本体を
がむしゃらにタスキがけで巻いていきます。
接合部分が、かなり膨らんで、パッと見、
「スピードメーターか?」
と思えるほどです。
それぐらいしっかりと巻いておかなくては、いけません。
「ハンドル接合、確認!」
ボクはここで、顔に流れる汗をTシャツの肩の所で拭きます。
なぜなら両手には、
「耐油ビニール手袋(L)ピンク 680円」を
装着しているからです。
ボクは、休む間もなく、自転車を引き倒します。
そして今度はドライバーをタイヤと車輪の間に突っ込みます。
その状態で、勢いよく車輪の形に合わせて、
ドライバーをすべらせます。
まるで、魚をさばくかのごとく、ドライバーをおどらせます。
そして魚のはらわたのごとく、チューブを引きずり出します。
ボクは、空気入れにしがみ付き、上下ピストンを開始。
弱々しくふくらんだチューブを水の入れたバケツに突っ込んで
握り締めます。
これで、
穴が開いている部分から空気がもれるので場所が分かります。
まるで、ウナギと格闘しているようです。
穴が開いている所を見つけ、
「あなたにもできるパンク修理セット 980円」
を使い、みるみる穴をふさいでいきます。
ゴムパッチでふさいだ後、
左右にチューブを伸ばすのがポイントです。
前後のタイヤに、全部で5ケ所、穴が開いていました。
ボクはそれらを目にも止まらぬ速さで、ふさいでいきます。
そして、チューブをタイヤに戻し、
再び空気入れにしがみついて、上下ピストン。
前後のタイヤの空気を入れて、ボクはペタンと座ります。
「フゥー・・・おわった」
これで完成です。
自転車を支える棒は、付けていません。
これは壁に立てかけれはいいだけの話です。
壁が無い場合は、地べたに倒せばよいのです。
ボクは、ヘトヘトになりました。
直す。
この直すという作業が、
今の時代、忘れ去られようとしています。
でもボクは、なんとか無事に直しました。
やりとげたのです。
「お前、ハンドル大丈夫か?」
とか言うな!
2時間もかかったんだから。