172日目 波と風と砂と


さぁ、来ましたよ、海。
白い砂、青い海。
きもちよい風。
海です。

だけどボクは、懐中電灯を持っています。
なぜなら今は、
夜だからです。
午前1時6分なのです。
月とかいうしゃれたヤツは出ていないので、
真っ暗なのです。

黒い砂、黒い海。
まだ少し冷たい風。
夜中の海です。

ざっザーン。

暗闇の波の音は、
ちょっと怖かったりします。
でもボクは、浜辺に乗り込みます。
なぜなら、砂が必要だからです。
ヘルメットの水槽に入れるためです。
なめくじは、もともと海の生き物です。
「はるか昔、魚介類として生存していた」
とかいうことなので、
やっぱり海の砂がいちばんなのです。
そういう理由。

ボクは、スーパーのビニール袋(大)を3枚用意しています。
乾いている砂を取って帰る計画です。
さすがに濡れていると、
ヘルメットが海水にやられる気がするからです。
すぐ近くで、砂を取ろうと思いましたが、
なんか変な干からびた海草がいっぱいあるので、
この辺のは、やめときます。
しかも、干からびた海草は、くさいのです。
この独特のニオイは、どうも好きにはなれません。
ボクは懐中電灯を照らしながら、もうちょっと先まで進みます。

ざっザーン。

波の音が暗闇に響きます。
ボクは、ほどほどの所を目的地とします。
なぜなら、スーパーのビニール袋(大)3枚分の砂は、
けっこう重いはずです。
そんな苦労は、まっぴらゴメンです。
・・・・。
というのはウソで、
ほんとうは、怖いからです。
ひとりで浜辺をウロウロしていると、
うしろから、頭に黒い布をかぶせられて、
変な国に連れていかれたりします。
そうなると、歯が黒くなるからイヤです。
しかも、ヘルメットの世話が出来なくなるので、
真夜中の海は怖いのです。

ボクは、背後に細心の注意を払いながら、
スーパーのビニール袋(大)に乾いた砂を入れます。
懐中電灯を肩からかけているので、
両手で砂を入れると、光が踊ります。
「まるで、レーザーショーやね」
とか思う間もなく、ボクは、
3枚目のビニール袋(大)に砂を入れる作業へと、
移ってゆくのです。
3枚目になると、けっこう慣れて、動きが早いです。
すくって、入れる。
すくって、入れる。
ビニール立て直す。
すくって、入れる。
もう夢中よ。

「あいつ、なんしよん・・・」
!!!

ビビったね。
すぐそばから、人の声がしたのよ。
暗闇の浜辺から。
恐怖よ。
かなりの中腰になったね。
プラモデルのバイクレーサーを外したみたいな姿よ。
人間、おどろくとスゴいよ。
口めちゃくちゃ開けるけど、声なんか出ないもん。
で、プラモデルのバイクレーサーを外したみたいな姿ね。
強烈。

カップルです。
わりとすぐ近くから、
ラブラブ・カップルが、
ずーと見とったわけです。
すくって、入れる。
すくって、入れる。
ビニール立て直す。
すくって、入れる。
とかいう男の行動の一部始終を
ずーと見とったわけです。
4分間ぐらい。

人間の目というのは、いくら暗がりとはいえ、
ある程度の時間が経てば、ぼんやりと周囲の判別が出来ます。
だけどボクは、ずっと懐中電灯にたよっていたので、
あんまり目が慣れていません。
だからボクは、それがカップルだと分かる前に、
恐怖と戦っていました。
ボクは、いちもくさんに、
逃げます。
恥ずかしいとか、そんなんじゃないんです。
恐怖から逃げるのです。

そしてボクは、砂を途中まで入れていた、
3枚目のビニール袋(大)を片手に持って、
思いました。
1枚目と2枚目を置いてきたゾ。