194日目 奇跡と本能


ボクは巨大なダンボールを一生懸命に引き裂きます。
ただ、ひたすらに引き裂くのです。
なぜなら、この巨大なダンボールの中に寝床があるからです。
通信販売で買った、
ボクの寝床があるからです。
「お前ナメクジの寝床は?」
とか言いなさんな。
なぜなら、この寝床は8万円もするのです。
8万円の羽毛フトンなのです。
「羽毛ならもっと高いのあるぜ」
とか言いなさんな。
ボクにとってはフトンが8万円というのは、
衝撃の決断なのです。
ヘルメットの寝床を理解する前にまずは、
自分自身の寝床というものを実感することが大切なのです。
だからボクは巨大なダンボールを引き裂くのです。
でも、さすがに素手ではなかなか引き裂けません。
「注意:カッター使用禁止」
とか書いていますが、ボクは刃物のあつかいは得意なので、
しゅサァーーーぁ!
とカッターを滑らせます。
巨大なダンボールの表面を
しゅサァーーーぁ!
とカッターを滑らせます。
完璧な切断を完了させたボクは、
ついに8万円の羽毛フトンと対面することになるのです。
ちょっとカバーが切れていますが、
完璧な切断を完了させたボクにとってそれは、屁でもないことです。
ボクは新たな命の瞬間を目の当たりにするかのように、
巨大な8万円の羽毛フトンを両手いっぱいに抱え込みます。
「かるい!軽いよッ!見た目よりずっと軽いよッ!さすが8万円!」
そしてボクは、新しい匂いのする8万円の羽毛フトンのカバーを
今、開けるのです。
カバーは、ちょっと切れていますが、
ついに、開封するのです。
ファスナー、オープン!
チュジィィィーーーッ!

・・・・・。

「こ・・、これが・・・」
もう言葉になりません。
ボクは、その肌触りに酔いしれ、
ふわふわした感触を楽しみ、
時間差でほんのり暖かくなるその優しさに、涙するのです。
涙は流れませんが、
雰囲気の涙を心に流すの
「っシィーッ!」
ボクは意味不明の奇声を上げます。
なぜなら右目に痛みを感じたからです。
これは右目に抜けたマツ毛が入ったものです。
よくあることなのでビックリはしませんが、
この痛さには慣れないものです。
「っシィーッ!」
ですよ。
ボクは、8万円の羽毛フトンそっちのけで手鏡をのぞきます。
人差し指で右目の下の皮膚をグイっと下げると、
涙腺にマツ毛が刺さっています。
涙腺というのは目頭にある針の穴みたいなヤツです。
違うかもしれませんが、ボクはそう思っているので涙腺と呼びます。
この針の穴みたいなヤツに、抜けたマツ毛が勇ましく突き刺さっておるのです。
どういう偶然が重なったのか知りませんが、これは、
奇跡です。
野球場で食べていたチップスターの筒に、
ホームランボールがスポッ!と入ったぐらいミラクルです。
素晴らしいことです。
だけど痛いのはガマンできないのでボクは引き抜きます。
などと、口で言うのは簡単ですが、
指で取れるほどこの奇跡は、甘くありません。
だからボクは先っぽが針のようにとんがったピンセットを用意します。
これで取ります。
先っぽが針のようになっていると細いモノでもつかむことができるからです。
ボクはこれで涙腺に刺さったマツ毛を見事につかみ取るのです。
ボクは鏡を見ながら、
ソ~~
と針のようにとんがったピンセットの先っぽを目頭に近づけます。
「逆やね、鏡見てると動きが、逆になるね」
と思ったら過激な痛みがボクを襲います。
そう。
涙腺に突き刺さったマツ毛を取るのに使った、
針のようなピンセットで、眼を突き刺しましたよ。
ボクはね。
なぜなら動きが逆だからです。
鏡は逆になるのです。
ブラックジャックは鏡を見ながら自分で手術をしました。
あれ無理。
無理やね。
そりゃもう本物の涙が止まりませんよ。
これは8万円の羽毛に感動した涙ではありません。
ピンセットで眼を突いた過激な涙なのです。
人間こんなに出るんだねというぐらいダラダラ涙が出て、
ボクは、8万円の羽毛フトンの上をのたうち回ります。
涙と大量の鼻水を流しながら、のたうち回るのです。
ピンセットを持ったまま、
プッ!
とか屁が出たりします。
人間は極限に達すると、理性を失います。
理性を失い本能があらわれると人間は、
号泣しながらプッ!とか屁をするのです。
そして無事にマツ毛を涙で洗い流したボクは、寝るにはまだ早いけど、
8万円の心地よい空間に包まれるのです。
ボクは、ふわふわの優しい眠りに落ちてゆきます。
そして本能をむき出し、プッ!と屁をこいてヨダレとかも垂らすのです。